日々のこと

他人を責めているうちは自分の人生を生きられない

認定ロルファー™の利香です。

昨日たまたま入ったお店で 電源がとれる席で隣り合った若い女性。 テーブルいっぱいに書類を広げ、 食べたものの容器も、食品を包んでいたフィルム包装もそのままに、一心不乱に書類に 何かを書き込んでいましたが、 おもむろにスマホを取り出して 大声で母親を責め始めました。

「ねぇなんでお母さんはさぁ…」

 

店内に走る緊張感におかまいなしで 大きな声をあげながら、彼女は、うつ病になった自分を 数年前に某施設へと送り込んだ母親と その知人のふたりをなじっていました。 (会話が丸聞こえでした・・・)

 

「あの時は嫌だった」 「ほんとうはこうしてほしかった」 ということを、後になってようやく 相手に伝えられるようになることは わたしにもあります。

あんまり失礼なことをされて、驚きのあまり、怒るタイミングを失することもあります。

だから怒りの後出しをすることは、構わないと思っています。 後になってからでも、 言いたいことを相手に言える方が 言わないままでいるよりましです。

でも、相手に謝らせたり、 非を認めさせたりしたら満足なんでしょうか? そこから先、どんなふうに生きたいんでしょう?

 

他人を責めているうちは 自分の人生を生きられません。

 

 

それしかないんだと思ってしまったのも、 嫌々ながらも受け入れてしまったのも、 つまり「そういう選択をした」のは 他ならぬ自分です。

 

 

「相手に強いられた」  

だからあいつが悪い。

「他に選択肢はなかった」

だからわたしは悪くない

そんな風に思いたいですよね。

だけど実際は、 他の選択肢を見ようともしなかった。 それに尽きると思います。

 

嫌で不満で不愉快で不本意な選択肢を選ぶことが、 何かしらのメリットがあったりするわけです。

 

母親の言うことを聞いていれば 見捨てられない、とか お金を出してもらえる、とか。

 

自分の選択を振り返ってみて そこから何かを学ばないと、ー弱くて利己的で浅はかな自分と向き合うことになりますがー 不幸や不本意なことを、いつも他人のせいにして 文句と批判を繰り返すことになります。

 

自分の人生の幸せを決める決定権を、他人に明け渡したままでいいわけありません。

 

 

誰かを責めたいときは自分の選択を後悔しているときなので、その時こそが「それを選ぶことで、わたしにはどんなメリットがあったんだろう?」と 自分をより深く知るチャンスです。

 

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