日々のこと

根性論は危険サイン

認定ロルファー™の利香です。

Photo by Daniel Jacobs

努力することと根性論

先日、友人との会話で、根性論が嫌いという話になりました。
私も根性論は大嫌いです。
アレルギーは根性がないから起きるんだという意味不明な言いがかりをつける人や、「死ぬ気で頑張れ」なんて軽々しく言う人は、痛みやアレルギーに苦しみながらブラック企業に勤めてみればいいと思います。

一個人の努力や意志の力ではどうにもならない事について
おまえの根性でなんとかしろと理不尽に強いることを、私は肯定できません。

 

が、そんな私でも「努力なんて必要ない」というつもりは毛頭ありません。

今より高いレベルでなにかを成し遂げようと思ったら、多少なりとも努力は必要になります。

努力したところでどうにも力及ばず断念するよりない事も世の中にはあります。
なにを・どのレベルまでで「もうこれ以上無理」と感じるかは当事者が決めること。
このふたつを根性論は認めない。そこが問題なだけです。

 

やる気になるまでやらない?
ー「やりたいことをやればいい」の甘い罠

イラストレーターが描いた作品をみて
「私もそんな風にサラサラ~っとできるようになりたい。そのコツを教えろ」と言う人がいます。

これは外科医に「私もそんな風にさくさくっと手術したい。コツを教えろ」と素人が言うのと同じです。

私も絵を習っていた時には当たり前の事として指導されましたが
「基礎力はルーチンワークで培うしかない」。
とにかく描け。好きか嫌いか、やりたいかやりたくないかは問題ではない。目で見たものを手を通じて紙の上に再現しつづけろという指導を受けました。

想像力だけでも技術だけでもダメ。その両方がないといけない。

どうしてかというと、いざ何かを表現したいという衝動に駆られたとき
それを十分に紙やキャンバスの上に表現できるだけの力量がなければ
絵を表現方法に選んでいる意味がないからです。

だからインスピレーションが降りてくるまで待つとか
自分のスタイルは云々とか言っている場合じゃない。

「やりたいことをやればいい」というフレーズがありますね。
ここには、やりたくないこともやりたいこと実現のために必要とあらば
淡々と実行してゆくことが含まれています。
決してやりたいこと「だけ」やればハッピーということではありません。

この努力を「根性で」やりきるという言い方が好きな人がいます。
そこは私も否定しません。
しかし、努力を「苦しい」「根性が必要だわ・・・」と感じている時点で、目標設定を疑ったほうがいいかもしれません。

気の進まないことにとりくんでいるとき、本来の目標を見ているでしょうか?
見ているのになお苦しいばかりだとしたら、それは自分で最初に設定した目標の精度が低いはずです。心から望んでいることかどうか、見直したほうがいいです。

 

ビジョンは大きいほうがいい

たとえば、「大学受験に合格するために」と受験勉強をするものの、途中でいやになったり無気力感に襲われたりするのはなぜかというと、「受験に合格する」ということだけが目標になっているからです。

そもそもなぜ大学受験をしたいのかを考えてみたらどうでしょう。
「獣医師になって動物と飼主を救う」とか「農家を継いで日本の食糧自給率をあげる」とか、そういう大きな目標のために、今、目の前に積み上がっている問題集・参考書・辞書はツールとして用意されているのだと気がつけたら、無味乾燥でつらいばかりの作業に感じることも減ると思います。また、目標によっては、大学に行くだけが唯一の手段ではないということも理解できます。

これは社会に出て仕事をしている人でも同じ。今やっている仕事が作り出す(であろう)大きなビジョンを認識しているほうが、モチベーションがあがります。

大きすぎてみえないインフラ整備や、一般人の目に触れることのないテクノロジーに
川の上流のほうで関わる人たちほど、こういう大きなビジョンを持って欲しいし、
私のような個人事業主でも同じです。
なんのために今私は毎日ブログを書いているのか。
それは「痛みから救われることがあたりまえの世界」実現のためです。

 

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