日々のこと

らしさの呪縛

 

3月8日はInternational Women’s Day。
ウィキペディア先生によれば、もともとは婦人参政権運動から始まったもののようです。

日々、女で損したなぁと思うこともあれば、女で得したなぁと思うこともあります。

同じ学歴・成績でも給料が男性と同等ではないとか
会社の組織の中での出世も阻まれているとか、妊娠・出産・育児の負担、家事労働に対する低い評価等々、女性として生きることはなかなかしんどいと言わざるを得ませんが。

思うに、人は性別によって求められる役割やモデル(規範)を作り出してしまっているので、性別だけを理由とする不公平や不条理を感じる場面は、男女問わずたくさん経験すると思われます。

そういうことの連続であっても、自分の女性性を抑圧することなく、楽しく充実した気持ちで生きたいし、生きられる社会にしたいもんです。

 

ロルフィングという、人の姿勢にかかわるボディワークをしていると、女性がいかに自分の体に劣等感を抱いているか、女性性を受け入れるのに苦労しているか等を感じます。

特に、背が高い・肉付きが良い・骨格ががっしりしている・胸が大きい・お尻が大きいといったことからくる、「恥」の意識。「女らしくないから」自分を小さく見せたいという意識が、姿勢に及ぼす影響は大きいです。

日本語ではちいさなものには”ヒメ(姫)”の言葉をあてます。(ex.ヒメリンゴ等)
小さいという属性が女らしさと結びつけられているわけです。
小さいものをいとおしむ気持ちそのものは別になんら問題ではありませんけど、そういう文化の中で育つと、やはり、大柄なのは女として美点とは感じられなくなっちゃうんですよね。

 

しかし、大柄だろうが骨太だろうが、健康で、その人が自尊心を持って幸せであればいいじゃないですか。

女らしさ・男らしさよりその人らしさが大事。
それを「当たり前じゃん。なにいってるの」と言える社会なら、誰もが生きやすい。

I am what I am.

私は私。
そう堂々と言える人が増えますように。