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認定ロルファー™の利香です。

自撮りや自分語りが揶揄の対象になるのは、過剰な演出や、マウンティング臭が鼻につくケースがあるからかもしれません。
わたしもあんまり好きではなかったんですが(他人がやっているのも、自分がするのも)、最近は認識が変わり、どんどんやればいいと思うようになりました。
もちろん、危険な演出などはやめたほうがいいし、自分の優位を示すために過去の栄光を語り続けるのは痛々しいとは思いますけど。
基本的に人の最大の関心事は己れ(おのれ)のこと。
それは健全なことですよね。
世界をどうみるかは自分次第ですから、その自分がどう在るのかを知るのは、現在地を知ること、自分というフィルターの色を知ることであって、自分に酔うとか欺瞞とかとは逆方向にベクトルは働いているはずなんです。
キラキラなアタシ素敵でしょ?こんなことやった俺すごくね?という風に考えている自分がいることを認識する。(小難しい言葉でいうとメタ認知)
たとえば「SNS映えする写真をアップしちゃう自分」をあざといよな〜と言いながら見ているような状態です。
そういう第三者目線で自分をみる観点を持っているのは、己れへの健全な興味だと思うんですよね。
自己愛はよく”利己的”のニュアンスとともに使われることばですが、自分を愛する心は必要です。
自分を愛する心があると、自分をよりよくしようと思ったり、よりよく生きるとはどういうことかを考えたりする、大事な土台となるからです。
だから自己愛もまた大事なものとして、それを病的な方に肥大させないように育むのが、健全なのだろうと思います。
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